第176回 2021年3月13日 最高学部 第99回卒業式祝辞「自由をめざして」と共に/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第176回 2021年3月13日 最高学部 第99回卒業式祝辞「自由をめざして」と共に/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第176回 2021年3月13日 最高学部 第99回卒業式祝辞「自由をめざして」と共に

2021年3月20日

今日は、コロナ感染症予防対策のため声を出して校歌を歌うことが出来ません。このような時こそ、私は皆さんとこの校歌を歌う誇りを共有したいと思います。

1932年4月16日第10回卒業式で、生徒によって校歌「自由をめざして」が作られました。

この年、5月2日ミセス羽仁は全校の生徒に見送られて横浜港を、イタリアに向けて旅立ちました。目的は、8月フランスニースで行われた第6回新教育連盟世界会議への出席のためです。この出席は、自由学園学園長の立場、教育者としてのみではなく、婦人平和協会の幹事役としての役割を果たすためでした。この会議での、羽仁もと子の発言です。「今にして世界中が悔い改めなければ第二、第三の満州事変、上海事変も世界戦争も起こりうるでせう」と。そして強くこうも言います。「私は、ことに中国と日本の関係が困難なものになって以来、たとえ私の愛する学校の職務から一時的に退くことになろうとも、実際の平和運動に身を投じなくてはならない」と云います。この強い決意の裏側にあったのは何でしょうか。それは、「非戦」の思想であったと思います。

ミセス羽仁が洋上にあった時、5月15日東京で事件が起きます。

5・15事件です。海軍将校・陸軍士官学校生・民間農民団体が起こしたテロ・クーデター事件です。首相犬養毅を射殺、官邸、有力銀行などを襲撃したものです。背景に、疲弊した農村の窮状や満州への政府の進出、上海事件をきっかけとした中国大陸への侵略などがありました。事件を契機に、軍部の暴力的専制政治が強まり、日本が戦争への道をひたすら走りだしたのです。

校歌は、『旧約聖書』出エジプト記におけるモーゼのエジプト脱出を記したものです。奴隷解放の歌です。そこに流れるのは自由への道です。解放の聖書です。

ミセス羽仁は、海を見ながら5・15の悲劇を思い、自由の歌を思い起こしていたに違い有りません。平和を希求するニース会議でもこの歌が思い浮かばないはずはありません。

内村鑑三は、日清戦争時の「義戦論」から日露戦争の時に「非戦論」へと転換しました。私が非戦と云うことを強く意識したのは、2001年9月、アメリカ同時多発テロの時です。米国民のイラクへの敵視感情は異常なほどに一つにまとまり、米国を中心とした参戦は、「イラクの自由作戦」とも「正義の戦争」と呼ばれました。その時、これは日本が泥沼の戦争に入り込んだ「義戦」に似ているのではないかと思いました。

正義の戦争、やむなくやらねばならない戦争、報復の戦争の正当化、それらを認めることは、非戦の思想から最も遠い位置にあります。戦争そのものの存在を否定するのが非戦です。そんな理想論、現実は違うというかもしれません。非現実的な思想だと云うかもしれません。しかしわれわれ日本は、敗戦によって「敗者の誇り」を有したのです。それが、永久平和を希求した、戦争を放棄した日本国憲法です。軍備を持たないと誓った憲法です。それは解放の思想なのです。「火の柱」「雲の柱」のもとで大地が引き裂かれ、自由へといざなう出エジプト記の思想です。校歌「自由をめざして」のまさに思想なのです。当時のミセス羽仁の根底にある思いであります。

今年卒業する諸君は、中学1年入学式の直前に、東日本大震災に遭遇しています。津波そして悲惨そのものの福島原子力発電所の事故を目の当たりにした世代です。12歳の春諸君の瞼に焼き付いているあの悲劇を繰り返してならないのです。非原発の旗を掲げてください。過去の日本が敗者であることを誇りにしたように、悲劇を自らの前進の誇りとして欲しいのです。原発そのものが無くならなければならないのです。曖昧な妥協を許さない世代になってください。

非戦の思想は、まさに非原発の思想と同じものです。10年前の悲劇を最も長く後世にシビアに語り継ぐのは諸君です。

「自由をめざして」校歌を胸に刻み前に進んでください。自由学園出身の社会人の絶対必要条件は、歴史を学ぶことです。誤解を恐れずに言いましょう。地震も津波も洪水もそして感染症の流行も必ずや又やってきます。感染症で言えば、1918年から1920年に流行した所謂「スペイン風邪」を想起します。感染者数が2,380万人、当時の日本人口が5,473万、人口の半数以上が感染し死亡者が38万人にのぼったと云います。百年前のことです。自由学園創設された前夜のことです。コロナの規模を越えた感染症を乗り越えて自由学園が創設されたことを思います。

戦争も、原発事故も回避できるのです。非戦・非核、人間の力で成し遂げることが出来るのです。コロナ禍、動揺に動揺を重ねる今こそ、私はこの大切な人間の意志を諸君と共有し、誇らしく自由学園校歌を胸に刻みたいと思います。火の柱・雲の柱に守られ今巣立ちゆく諸君に永遠の幸あらんことを祈ります。

2021年3月20日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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