誰もが排除されない社会を

誰もが排除されない
社会を

富田 梓
Azusa TOMITA

LINE株式会社 コーダー

男子部 61 回生

2019年4月26日談

社内LINEロゴの前で

競争や強制されることが何より嫌いだった

 初等部から自由学園で学び、最高学部を卒業しましたが、子供のころから何かを「しなさい」と言われるのが嫌いで、面倒くさいことを避けるように生活し、男子部では部活も勉強もしていませんでした。振り返ると何を考えて生活していたのかもよくわからないほどです(笑)。

 

文章を書くことは割と好きだったので、日記のようなものを書いて、誰かに見せるわけでもないけれど、インターネットにアップするのは面白いだろうな、と独学でホームページを作ったりしていました。その時はそうした仕事に就きたいという意識は全くなく、就職活動すらまともにしていませんでした。競争が苦手で他人から評価されることに成功体験がなく、その最たるものである就職活動が嫌で仕方なかったんです。その結果、卒業式の日まで就職先が決まっていない状況でした。

 

たまたま卒業式に来ていた先輩が、僕がホームページを作っているのを知って声をかけてくださり、自分の勤めている会社を紹介してくれたので、1年間ほどアルバイトをしました。そのうち独学でいることに技術的な不安を感じて、Web制作技術を学べる専門学校の短期コースへ。そこの会社説明会に来ていたWeb制作会社に拾われ、無事就職することができました。

 

制作会社には5年ほど勤めていたのですが、基本的に外部から受託して制作を行うため、顧客要望を満足することが第一です。夜でも電話で会社に呼び出されるような状況に次第に限界を感じるようになりました。受託ではなく自社でWebサービスを運営する会社で働きたいと考えて転職活動をし、ネイバージャパン(現LINE)に入社することができました。

排除されることへの「怒り」が原動力

「インクルーシブ」を大切にする

 現在は、LINEのUIT(User Interface Technology)室というところで、主にコーダー(WebデザイナーのデザインしたWebサイトを、HTMLやCSSといった言語で実際の画面に起こす仕事)として、ニュースサービス「LINE NEWS」を中心に担当をしています。仕事をする上で意識しているのが「インクルーシブ」ということです。

 

インクルーシブとは、人を排除しないということ。たとえば目の不自由な人は、テキストの読み上げ機能を使ってWebサイトを読みます。この機能自体は、いまではスマートフォンには標準装備されていますし、PCでもソフトをインストールすることで使えます。しかし、ページの方がそうしたユーザーを意識したものになっていなければ、情報を正しく伝えることはできません。コンテンツが分断されているようなデザインの場合、視覚的に全体が把握できればある程度までは問題ありませんが、目が不自由な人にとっては、順序良く音声が読み上げられなければコンテンツを正しく理解することができなくなります。身体的特性や使っている状況は千差万別。あらゆる人がコンテンツに触れようとしたとき、排除されずにいられる状態が理想だと考えています。

子どもが生まれたことで大きな変化があった

親という立場になって

 僕がインクルーシブについて考えるようになったきっかけはふたつあります。ひとつは乙一さんが書いた『暗いところで待ち合わせ』(幻冬舎文庫、2002年)という本。目の見えない人が主人公なのですが、そこで描かれた生活がとてもリアルで、たとえば時計ひとつをとっても自分の考えが及ばない、想像もしていなかった使い方をしている人がいることに気づかされました。

 

もうひとつが、自分に子どもが生まれたことです。あるとき、子どもをベビーカーに乗せた状態で電車を降りたら駅にエレベーターがなく、ぐずる乳児を抱えたまま、ベビーカーを畳んで階段を登ることになりすごく困ったんです。そういう不便な状態を強制され、そもそも乳児をベビーカーに乗せたまま電車を使うんじゃないと言われているような環境に「怒り」を覚えたんです。だから、自分が世に出すものにはそうした点に気を遣いたいと思うようになりました。

 

犯罪のニュースを見たとき、僕は加害者の心理が気になります。すべてではないでしょうが、加害者のそれまでの人生の中で、どこかで誰かから排除されたりするような怒りがあったのではないかと想像してしまいます。親という立場になって思うのは、突然の事故や災害から子どもを守ることは難しいですが、社会からそういう怒りを減らせれば、弱い子どもが犠牲になるような事件も少しは減らせるのではないかと思っています。世の中を良くしようという大層な話ではなく、結局は自分や家族、自分の子どもが笑って暮らせるようにしたいだけなんですが。

 

自分が今取り組んでいることの発端は怒りですが、自分のやりたいことがあり、それができることは幸せなことだと思います。やりたくないことを努力してやるのは辛いだけですが、やりたいことをやるのは努力じゃなくて楽しいことです。これからも納得のゆく仕事を目指して、少しでも世の中の怒りが減らせればいいと思っています。子どもたちのためにも。

富田 梓(とみた あずさ)

1982年生まれ。2005年自由学園最高学部卒業後、Web制作会社での勤務を経て、2011年にネイバージャパン株式会社(現LINE株式会社)に入社。UIT室で「LINE NEWS」などのサービスに携わる。