城崎温泉を支える若旦那(前編)

城崎温泉を支える若旦那
(前編)

田岡 聖司
Seiji TAOKA

城崎温泉 旅館 小宿 縁 代表

男子部 55 回生


椿野 泰宏
Yasuhiro TSUBAKINO

城崎温泉 つばきの旅館 常務取締役

男子部 59 回生


「100人の卒業生+」シリーズは、毎回インタビュー形式でおこなっていますが、今回は対談でお届けします。
兵庫県城崎温泉で、それぞれに家業である旅館を継いだ田岡聖司さんと椿野泰宏さん。
コロナ禍の今、歴史ある温泉地でふたりの卒業生は何を思うのでしょう。

2020年11月11日談:オンライン

1300年の歴史ある城崎温泉にて。田岡さん(左)と椿野さん(右)

城崎温泉の魅力は街歩き

田岡 城崎温泉は、子どもからお年寄りまで楽しめる温泉のテーマパークといえます。どんなお客様でも、浴衣を着て下駄を履き、7ヵ所ある外湯をめぐることができるのが大きな魅力です。この街全体が、一つの旅館として考えられているんです。城崎温泉駅が玄関で、メインストリートが廊下、旅館が客室、外湯が大浴場、お土産屋さんや飲食店などの施設が付帯施設ですね。そうやって町全体で過ごす楽しみが得られるのが、ここ、城崎温泉です。

いまでは考えられませんが、実は、城崎という地には、元々暴力団がはびこっていた歴史もあるんです。50年くらい前のことだそうですが、その頃は風俗店が多かったこともあり、男性客が多くいました。しかし、発砲事件を機に暴力団の排除が進み、それと共に風俗店がなくなり、男性客の足も途絶えてしまいました。「さてどうしようか」となったところで、カニを名物にして人を呼び込むことにしたところ、徐々に人が増え始め、今ではファミリー層や女性客にとって「安心安全な街」として認識されるようになりました。たとえば女性だけで旅行する場所としても、クリーンで安心安全だから、という理由で選ばれやすくなったのです。

 

椿野 私も研修でいろんな温泉地や観光地に行くことがありますが、城崎ほど街づくり、街並みがしっかりしている温泉地は少ないように感じます。ほかの観光地などでは、自分たちの旅館・ホテルに飲食店もお土産屋さんもバーも併設していることが多く、泊まったお客様を囲い込むことで利益を確保しています。しかし、我々の旅館にはそういった施設を併設していないため、外に出るようにしてもらっています。街を歩きまわってもらうことで、街を好きになってもらう仕掛けができています。そうやってこの街が完成されるんです。

いまはそうした街歩きの様子がSNSにアップされて多くの人に共有されるため、時代と共に城崎が盛り上がっていることを肌で感じています。

 

田岡 旅館業は、お客様と直接関わることができる仕事なので、その反応もダイレクトに受け取ることができます。とくに私が作った旅館のコンセプト「但馬牛の宿」に共感してくれるお客様の声を聞いたとき、そして「また来ますね」とファンやリピーターになっていただけたときは、最高にうれしく、やりがいを感じています。

三國屋は弟・浩典さんに託し、自身は新たな旅館を立ち上げた。

コロナ禍で余儀なくされた休館

田岡 新型コロナウイルスの影響は非常に大きな痛手でした。5月には城崎温泉で約70件ある旅館がすべて休館となり、まるでゴーストタウンのよう。常に観光客で賑わっていた街も、歩いているのは町民ばかりでした。6月に入っても半分の旅館は引き続き休館し、残りの半分が営業を再開したことで、少しずつ客足も戻ってきました。7月になってようやく、豊岡市内のお客様向けにいろんなキャンペーンが展開されるようになり、8月には前年に近いくらいまでお客様が戻ってきました。さらに9月に始まった「GoTo トラベル」キャンペーンのおかげで一気に例年並みまで回復し、10月から2021年の1月末までは予約で満室となりました。

 

椿野 うちの旅館も全く同じで、1月末まではほぼ満室です。とはいえ、完全に満室にしてしまうと、お風呂やお食事会場が密になってしまうため、通常の7~8割程度に抑えて予約を受けざるを得ない状況です。なるべく密を避けつつ予約を得られるように、受けられる時には素泊まりプランでの販売もしています。冬場はカニのトップシーズンということもあり、5月とのギャップがすごいです。

 

田岡 ただ、12月には再度の感染拡大を受けて「GoToトラベル」が中止となりました。その途端にキャンセルが続出し、キャンセルだけで予約が約800万円も消える状況となりました。11月の売上高は前年比で145%となった一方で、1月には45%、2月には37%と一気に落ち込みました。予約のない日は休館にして、1組でも予約があれば開けるという姿勢で営業を続けています。(2021年3月追加取材)

つばきの旅館にて、椿野さん。

スタッフとのコミュニケーションは休館中も

椿野 休館中はスタッフのモチベーション維持に腐心しました。入ってきたばかりの人が2人いたのですが、お客様と接する機会がほとんどなくなってしまったので、研修やデモンストレーションを行っていました。阪神淡路大震災のときも1ヵ月お客様がいなかった経験を上の世代はしているので、この危機も乗り越えられるとは思っていましたね。私自身は普段できない修繕をやったり、徹底的に掃除をするなどして時間を有効活用していました。城崎地域特有の横のつながりもあり、年の近いところはとくに仲がいいので、励まし合って情報共有できたので持ちこたえられたと思います。

 

田岡 1ヵ月休みとなると、スタッフが元気かどうかも心配になるので、週1で集まって館内掃除したり、但馬牛の生産者のところへいって牧場見学したりと、コミュニケーションをとる研修をしていました。いざ人が戻ってきたときに備えて準備はしていましたが、今もお客さんが来ていなかったら、多くの旅館が廃業していたと思います。城崎は今のところ1件もつぶれずに続けられているので、ありがたいことだと思っています。

小宿 縁 1階カフェのサイクリングコース図の前で

田岡 聖司(たおか せいじ)

1977年生まれ。中等科より自由学園に学び、最高学部卒業後はビジネスホテルとリゾートホテルの営業職を経て、ホテルリステルズに4年間勤務。有馬温泉で1年間、三國屋ロンドン支店「菊」レストランで1年間の修行をした後、城崎温泉・三國屋に戻る。三國屋別館として、小宿 縁を設立、代表を務める。

 

 

椿野 泰宏(つばきの やすひろ)

1980年生まれ。中等科より自由学園に学び、最高学部卒業後、ホテルオークラに2年間勤務。その後、城崎温泉に戻り、つばきの旅館の経営に携わる。