人を幸せにするお菓子を作り続けたい

人を幸せにする
お菓子を作り続けたい

下永 恵美
Emi SHIMONAGA

シュシュクル オーナーシェフ

女子部 72 回生

2019年6月17日談

店名のシュシュクルは、フランス語で「甘い」「砂糖」を表すシュクルの赤ちゃん言葉。

子どもがおやつを買いに来る店

 自分の店を開こうと決めて自転車で物件探しをしていた時、この場所にひとめぼれしたんです。そばには学校や桜並木があり、キッチンから登下校する子どもたちが見えるのがすごくいいなと思いました。駅は遠いし周囲は住宅しかないので、近所の人からも「ここで大丈夫?」と心配されましたが、暮らしに近い場所で、その日のおやつを子どもが買いに来られる店にしたかったんです。

 

私は小さい頃から母と一緒にお菓子作りをして来ました。食べるのも好きですが作ることが大好き。人に喜んでもらえるのが嬉しくて、人のために作りたいという思いがいつもありました。自由学園を卒業し専門学校に通った後、いくつかの店で15年ほど働きました。20代後半の4年間は、多い時で11人のスタッフを指導するシェフの立場も経験。人を頼ったり教えたりすることはとても難しく、自分も若かったため自信がなくて、葛藤の毎日を過ごしました。

 

なんとか人に任せられるようになった後、もう一度勉強し直そうとフランス人シェフの店に転職。すると今度は「シェフと自分のやり方は違う」という思いが生じました。カスタードクリーム一つとっても、口どけが軽いものが好きなシェフもいれば、濃厚なものが好きなシェフもいます。自分の味が確立したことに気づきました。また年月を重ねると、職場では事務や人の管理に力を注ぐことが増えていきます。私はそれよりもお菓子を作り続けていたかった。そこで自分の店を出すことを考え始めました。

手ざわり、見た目、香りを確認しながら1個ずつ手をかける。

無駄な経験は何一つない

 店をオープンしたのは35歳の時。大きなお金を借りましたが、ちょうど焼き菓子ブームや女性シェフが増えた時期で注目され、雑誌に取り上げてもらって着実に広がっていきました。焼き菓子専門店にしたのは、ゆくゆくは結婚して子育てもしたいという人生設計があったからです。一人で店をやっていくには、何かに絞らなければすべてが散漫になる。「それなら焼き菓子にしよう」と迷いはありませんでした。

 

店を開く以前はずっと生菓子を作ってきました。ケーキ屋さんの場合、ケーキと焼き菓子を仕込むなら、まずはケーキが優先です。うちはそれがないので、純粋に焼き菓子のために手がかけられる。焼いた生地をくるくる丸めたり、お花や動物の形を作ったり、細かい作業ができるのは、焼き菓子専門店だからこそです。

 

でも、生菓子を作っていたときの味の記憶や、在庫管理や品質管理を経験したこと、シェフとして経営に関わった経験も何一つ無駄にはなっていません。さまざまな店で長く働いてきたおかげで、「あれはこの人に聞けばいい」「あの業者さんに頼もう」など頼れる人の顔が浮かんで、オープンする時も困りませんでした。同級生のお母さんで『ぐりとぐら』で有名な山脇百合子さんが、パッケージの絵をこころよく引き受けてくださったのも嬉しかったです。ここは知らない土地でしたが、学園の卒業生が来てくださったり、父の親友が近くに住んでいたり、多くの人と出会いが繋がってレシピ本も出版でき、今があります。

お客さんと会話できるオープンキッチン。店内には常時60~70種の焼き菓子が並ぶ。

手が覚えている絶対的な感覚

 自由学園にいた頃、お料理はもちろん好きでしたが後片付けも好きだったんですよ。みんなが嫌がるグリーストラップの掃除も好きでした。友人たちに「エーッ」と言われるのですが、学園時代に嫌だった仕事は一つもなくて、すべて楽しめたんです。

 

学園で学んだのは、どうすれば全体がうまく回るかを考えて動くこと。勤め始めたばかりの頃は「シェフがこれを望んでいるな」と察知して働くのが楽しかった。スタッフにも、いかに全体が動きやすくなるか、その先がどうなっていくかを見きわめて働いてほしいと伝えています。

 

オープンした11年前は独身でしたが、その後結婚し今は小学2年生と年長の2人の子どもがいます。朝4時に起きて店に行き仕込みをし、自宅に戻って子どもを送り出して再び店に出る生活。出産の時にはそれぞれ3カ月休みましたが、健康にも恵まれ、スタッフや母が助けてくれるおかげで、他は休むことなく店を開いています。

 

私は人の顔を覚えるのが得意で、一度来てくださった方は大抵覚えているんですよ。お母さんと来ていたお子さんが、大人になってまた買いに来てくれることもあります。時代の変化なのか、最近は男性のお客様も増えました。さまざまな人が幸せになるお菓子を、長く作り続けていけたらと思っています。

「睡眠時間は少なくても平気。4時間寝れば最強になれます!」

下永 恵美(しもなが えみ)

1974年生まれ。自由学園女子最高学部卒業後、エコール・キュリネール国立辻製菓専門カレッジへ。「フレンチパウンドハウス」「ルシャンドピエール」「テオブロマ」などのケーキ店で経験を積み、2008年東京世田谷区に焼き菓子専門店「シュシュクル」をオープン。著書に『やきがしやSUSUCREのクッキー』『やきがしやSUSUCREの焼き菓子レシピ』がある。