歌いつつ、祈りつつ、感謝して今を生きる

歌いつつ、祈りつつ、
感謝して今を生きる

坂井田 真実子
Mamiko SAKAIDA

ソプラノ歌手

1997年女子部高等科修了

2021年5月29日談

自由学園のけやき坂。愛用の車椅子WHILL(ウィル)に乗って

歌が大好きな子どもだった

 音楽が身近にある環境に育ったので、子ども時代から歌が大好きでした。女子部の頃には校内で大きな声で流行歌を歌い、何度問題になったことか(笑)。でも、学園の自然の中で歌うのは、本当に気持ちがよかったんです。

 

歌の道に進みたくて、国立音楽大学に進学。入学してみて「歌で食べていくことはひょっとしたら難しいかもしれない」と思い、教職も取りました。教育実習では都内の荒れた公立校に行き、生徒たちと仲良くなったこともよい思い出です。この経験で、自分は音楽を教えることも好きだと気づきました。でも、やはり歌で表現がしたくて、猛勉強して大学院に進学。ロータリー財団の奨学生としてイタリア・ボローニャへ2年留学しました。

 

イタリアで教わったのは「怖さ」ということ。人前で歌う時、心のどこかに怖さがあるとお客さんに伝わってしまうんです。厳しい先生に泣くほど怒鳴られながらレッスンを受けましたが、あれは私の中にある怖さを拭い取るためだったのでしょうね。いつしか、霧が晴れるように怖さが消えていました。

 

その後、日本に戻ってオペラでデビュー。キャリアを積み重ねて、今度は文化庁の在外派遣研究員としてウィーンに1年留学しました。歌のレッスンの他、ウィーン・フォルクス歌劇場内で振付師による歌手のためのダンスや体操のレッスンを受けました。劇場内にはカウンセラーもいて文化の厚みを感じる日々でした。

 

ウィーンに行く前には、日本でオペレッタ『こうもり』のアデーレ役を演じました。多くのソプラノ歌手は、アデーレ役を務めた後にパッと花が咲くと言われています。留学を終え、日本のオペラ界でこれからもっといい働きができるのではないかと思っていた矢先、突然病に倒れてしまいました。

2013年東京二期会オペラ劇場『こうもり』アデーレ役(写真:三枝近志)

不思議なほど神様を近くに感じて

 私の病気は視神経脊髄炎という自己免疫疾患の難病です。血液中の自己抗体が脳や脊髄で炎症を起こし、それに伴って神経がショートするんです。発症する4か月くらい前から微熱が出たり、二の腕にピリピリとした電流が走ったりする違和感があって、後から思えばそれは病気の兆候だったのですが、若かったので放置していました。そしてある日突然、激痛に襲われ胸から下がまったく動かなくなってしまったのです。痛みで号泣するという経験を初めてしました。

 

急性期の病院に2か月、その後、リハビリ病院に5か月入院。歌は外に出す表現なので、自分の状態は自分が一番よくわかります。ブレスが続かない、声が響かない。いくら病院の先生に「坂井田さん、歌えてるよ」と言われても、「これは私の声ではない」という感覚がありました。また、歌のキャリアを積んできた仲間と、もう同じ場所には立てない。オペラなどとんでもない。築いてきた居場所がなくなる怖さも感じました。

 

ただ不思議なことに、病気を得ても気持ちは落ち込みませんでした。自分が起き上がれない、何もできない時に、本当に神様を近くに感じたのです。たぶん、あのような状況になったら、死のうと思う人はたくさんいるでしょう。胸から下が動かないので、おむつも替えてもらわなければならないし、親にも迷惑をかけるし、この先治るかどうかもわからない。それなのに、感謝の気持ちがあふれ、神様の存在を強く感じました。毎日「今日も生きられる、ありがとう」と思って目覚めました。

自ら発案したNMOSD(視神経脊髄炎)の日のオンラインコンサートで(本人提供)

生きているだけで愛されている

 最初は「一生車いす」という診断でした。でも歩けるようになるのではないかという希望をかけたリハビリをし、周りの方が歌手としての社会復帰を一番に考えてサポートしてくださったおかげで、こうしてまた歌うことができるようになりました。

 

ありがたいのは文化庁の仕事ができること。子どもたちに歌で笑顔になってもらえるのがとても嬉しいんです。病気を前面に出すのではなく、何か「香り」を受け取ってもらえたら……と。

 

それは、私が生かされて存在していること自体が、神様に愛されているということ。みんなもいろいろあるだろうけど、生きているだけで愛されていると伝わるといいな、と思います。

 

今も痛みはずっとあります。息を吸って吐くだけ、風が当たるだけでも痛い。痛みは慣れないし、誰とも共有できません。でも、十字架にかかってくださったイエス様の痛みを思えば、私の痛みなど大したことはない。イエス様と私だけが痛みを知っていて、神様だけが癒すことができるんです。私ががんばるのではなく、神様が私をがんばらせてくださる。それに気づかせてもらえたのも大きなことでした。

 

最近出した3枚目のCDは、10曲すべてが讃美歌です。私は決してよい生徒ではなかったけれど、自由学園で毎朝歌っていた讃美歌を思い出し、とても懐かしい気持ちになりました。今後も歌で賛美し続けたい。「祈りつつ、歌いつつ」という言葉を大切にしながら、ひたすらここにいることを全うしたいと思っています。

「神様が私をがんばらせてくださるのです」

坂井田 真実子(さかいだ まみこ)

初等部から高等科まで自由学園で学び、国立音楽大学及び同大学院を修了。その後、ロータリー財団奨学生としてイタリア・ボローニャへ留学。平成25年度には文化庁新進芸術家在外派遣員としてウイーンへ派遣。2010年東京二期会『メリー・ウィドー』ヴァランシェンヌ役でデビュー。同公演『こうもり』アデーレ役では稀なる表現力とコケティシュな魅力で大輪の華を咲かせるソプラノと評される。国内外のさまざまな演奏会に出演中の2016年、国指定難病NMOSDを発症。一時は下半身不随となるも、現在は病症や後遺症と共存しつつステージに復活。