出会う人に助けられて今がある

出会う人に助けられて
今がある

前田 明子
Akiko MAEDA

「京都屋」女将

女子部 61 回生

2019年5月7日談

京都屋の玄関でお客様を見送る。

卒業後は、憧れのドイツへ

 京都屋は、佐賀県武雄温泉にある1910年創業の旅館です。私たち夫婦は夫の母方の実家であるこの宿を受け継ぎ、日々奮闘しています。若い時は、自分がこうして旅館の女将になるなんて思ってもいませんでした。

 

祖父が仕事で毎年ヨーロッパへ行っていたので、小さい頃から外国に憧れていたんです。犬養道子の『お嬢さん放浪記』を読み、卒業したら絶対ヨーロッパに行こうと考えていました。当時は今のように情報がない時代。3年上で西ドイツに行かれた卒業生に連絡を取り、カッセルという街を勧められて1年間語学留学をしました。ドイツ人家庭にホームステイをしながら、午前中はドイツ語を学び、午後は自由に過ごし、休日にはあちこち出かけるという日々。ヨーロッパの文化に触れながら五感をフル稼働させた1年は本当に楽しかった。滞在後半には、洋画家樋口善造氏のメルヘン街道の写生旅行に通訳として同行した思い出もあります。美しいカッセルに住み続けたくて観光協会の仕事を見つけていましたが、家族の反対にあって諦め、帰国しました。

 

翌年夏に開催されたユニバーシアード神戸大会では、ドイツの団体通訳に。試合が終わった選手から国内旅行をリクエストされ、喜んでもらえるならと新幹線で広島に案内したり、バスをチャーターして京都や奈良に出かけたりとたった一人ですべてを手配しました。その後は通訳ガイドを目指しましたが、国家試験の歴史問題が難しくて断念。24歳で同学年の夫(前田浩尚さん男子部41回生)と結婚しました。

結婚32年。京都屋社長である夫の浩尚さんと。

試練の中を歩む

 結婚後はいきなり「若女将」として働くことになり、出産と子育ても同時進行していきました。景気が良い時代で、毎日多勢のお客様がいらっしゃり大忙し。家族経営なので休みもなく朝から晩まで働くのが当たり前でした。ほどなくしてバブルが崩壊すると、経営は悪化。とにかく自分ができることから行動しようと思い、4人の子どもを育てながら懐かしいドイツのチョコレートケーキを焼いたり、生け花をしたり着物を着るようにしました。和服姿で宴会や客室にご挨拶にまわると、お客様の求めているサービスとそうでないものがわかるようになり、少しずつ改革を始めました。

 

建物が古いため建て替えを考えましたが、億単位のプランには銀行の許可が下りず、「リノベーションをするための融資ならOK」との言葉を受けて計画を変更。しかし、夫が社長を継ぐと突然融資の話が立ち消えに。理想と現実の大きなギャップに、これからどうしたらいいのかわからなくなりました。

 

真っ暗なトンネルのなかで立ち止まっていた私に、「お母さんどうしたの?いのちがあることが一番大事でしょ」と息子から言われ、はっとしました。どんな逆境においても自分の心、思想は自由でいられるのだと目が覚めたのです。何とか融資を受けられないかと海外にも渡り知人を訪ねたところ、「融資はしないが、商売のやり方を教えよう。借金をしないのはベストな選択だ。自由だからなんだってできるよ」と言われました。

 

現状与えられた人、物、お金、情報、時間の中でやっていこうと舵を切り、進み始めたころ、リーマンショックが起こりました。幸い新たな借金はなく事なきを得たのです。

ロンドンのワールドトラベルマーケットで。(本人提供)

あらゆる仕事は人と人とのつながりでできている

 創業100周年を機に、部屋食を廃止し食事処をつくりました。仲居制度をやめるなど会社方針を新たにしたことで、従業員は半数になる中、脱家族経営を目指す私たちの時代が始まりました。

 

自宅にも帰れず館内に泊まり込む日々。ある晩、アルバイトで夜勤に来た男性と話す機会がありました。様々な事業を経験してきたその人は、私たちの経営を見るに見かねて相談にのってくれたのです。「親戚にも自由学園の卒業生がいる」と親身になり、その後本部長になってもらって会社組織の作り方や人を育てる大切さを教えてもらうようになって今に至ります。

 

また、「これからの時代は外貨獲得を考えなさい」とアドバイスをくださった方もいます。それ以来私は積極的に海外に営業に行くようになり、10年たった今では海外からのお客様が3割を占めています。海外では商談会を入り口として各旅行会社に足を運ぶのですが、繰り返し通うと「待っていたよ」と笑顔で迎えてもらえるようになります。海外であろうと国内であろうと、あらゆる仕事は人と人とのつながりだと感じます。

 

結婚して32年。私たち夫婦は様々な出会いに恵まれました。そうした出会いに心を開いてきたことで助けられ、今があります。これから、この仕事をどの様に変化させていくかは未知数ですが、身近にいる人を大事にし、新たな人とのつながりを作っていければ、次の時代を切り拓いていけるのではないかと考えています。 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全てのことについて感謝しなさい」。亡き父母の愛したこの聖句を心に留めながら、力強く歩み続けていきたいと思います。

門を叩けば必ず開かれます。踏み出さないと何も始まりません

前田 明子(まえだ・あきこ)

1962年生まれ。自由学園女子最高学部卒業後、1年間のドイツ留学を経て結婚。佐賀県武雄温泉、「大正浪漫の宿 京都屋」の女将、専務取締役として現在は国内と海外の営業を担当する。