顕微鏡を通して事実を見つめる

顕微鏡を通して
事実を見つめる

楠木 槙
Maki KUSUNOKI

熊本大学病院 産科婦人科 医師

2006年 女子部高等科修了

2020年8月20日談:オンライン

熊本大学臨床医学研究棟で、子宮内膜症に関する研究に取り組む。

顕微鏡は心の支え

 私はいま、熊本大学大学院の博士課程に在籍しており、研究活動をしながら、週2日熊本大学病院の外来の補助をしています。大学院では、子宮内膜症についての研究をしています。子宮内膜症は、女性の10人に1人がかかっていると言われ、月経のときにはがれる子宮内膜と同じような組織が子宮の外に散らばることで、月経痛がひどくなったり不妊症になったりする病気。がんにつながることもあります。

 

私は子宮内膜症と白血球の一つであるマクロファージとの関わりについて研究しています。顕微鏡で見ると、細胞や組織は一つひとつに特徴があるので、観察してわかる事実がたくさんあります。結果が数字で出てくるような様々な実験と異なり、顕微鏡で見えるものは少なくともひとつの事実であると自信をもって言えるので、そういう意味で顕微鏡は心の支えです。

 

最初は全身を診られる内科に行きたいと思っていました。でも、大学の研修で産婦人科を回って、分娩に立ち会ったこと。女性が多く、女性医師が活躍している分野であったこと。何より、自分の手で採取した検体を顕微鏡で観察できるため、はっきりした診断に基づいて治療に当たれる産婦人科が、自分に合っていると感じました。実際、ほかの道に進めば良かったと思ったことは一度もないほど楽しく、とても充実しています。今は臨床から少し離れていますが、より深く病気について学べる貴重な時間を過ごしています。

病院業務は多忙。呼び出しの電話も。

学園生活の反省を活かし、医師を志した

 私の父は診療所でプライマリーケアを行う内科医です。個人経営の診療所ではないため、後を継ぐということはないのですが、実習に行ったときには、スタッフや患者さんに慕われている父の姿を見ることができました。父はいつも落ち着いていて怒ったり泣いたりしない人で、何かトラブルがあっても冷静沈着。その理由は、一人ひとりの患者さんに向き合ってきた結果なんだと感じました。

 

医師を志したのは高校2年生の頃。人と話すのが苦手で、寮生活をしていたのに、人と深く関われなかったという後悔がありました。なので、人とあまり関わらない仕事を選んでしまってはよくないと思ったんです。「誰かを助けたい」というより「人と関わりたい」という気持ちから、この仕事を選びました。自由学園では自分のことについてよく考えられるようになった分、今度は人のことをよく考えるようになりたい、と。実際、産婦人科医として多くの人に関わっています。いろんな人がいますが、丁寧に話して理解してもらうことで、治療が進められるようになります。患者さんと医療従事者という立場の違いはありますが、人と話すことに慣れました。

 

自由学園では、初めは興味がないと思ったことでも、自分の手を動かし、自分の頭で考えるプロセスを経験することで、新しいことを学ぶ喜びを知ることができました。おかげで一つひとつのことをじっくり考える癖が身に付きました。大学以降の勉強では、テキストの内容理解だけでなく、正しいとされていることの根拠は何なのかを調べ、考えることが勉強であり、自ら新たな真実を探求していくことが求められます。ただ、医療現場では重大な決断を短時間でしなければいけない場面もあるため、瞬発力も鍛える必要があると感じています。

2021年3月、熊本大学医学教育部博士課程を無事卒業した。

若い人にこそ、病気について知ってもらいたい

 自分が生徒の時は、「性教育なんて」と思っていましたが、医師という立場に立つと、しっかり話をする機会があったほうが良いと感じています。望まない妊娠を防ぐ方法ももちろんですが、子宮内膜症や子宮頸がんなどの様々な女性の病気ついての理解を深めることも重要です。女性の病気は若いうちから起こります。月経痛がひどい人の中には、子宮内膜症の予備軍もいますし、高校生でもその可能性はあります。子宮頸がんは、9割以上がウイルスの感染によるもので、ほかのがんと比べて若い人に多く見られる病気です。20代・30代の、これから妊娠したいという人の子宮を切除してしまうことになる病気なんです。だからこそ、若い人にはきちんと知っておいてもらいたい。ワクチンもあるのですが、注射の副反応のため厚生労働省から積極的勧奨が中止されました。ただその因果関係ははっきりしていませんし、他の種類のワクチンでも起こりうる副反応です。この状況は日本だけのものです。このままでは子宮頸がんが日本だけの病気になってしまう恐れがあります。

 

大学病院には難しい症例が集まるので複雑な治療もありますし、大学として研究を継続することも大事です。また、医学生を育てるのも仕事。夫は小児科医で、互いに忙しく、自分の子どもには負担をかけてしまっていますが、親の助けも得られているのがありがたいです。

 

産婦人科医として心が安らぐのは、やはり、分娩を終えた方の笑顔です。今はコロナウイルスの影響もあって緊張が続く日々ですが、これからも必要とされることをやりながら、顕微鏡を心のよりどころにしつつ、人の命に向き合っていきたいと思っています。

楠木 槙(くすのき まき)

1987年生まれ。女子部中等科より高等科まで自由学園で学ぶ。2013年3月、熊本大学医学部を卒業し、熊本赤十字病院で研修。同年結婚。2015年より熊本大学病院 産科婦人科に入局。2016年に第一子出産、産休・育休を経て2016年4月より復職。2017年4月より熊本赤十字病院、熊本大学大学院医学教育部博士課程進学。2019年9月に産科婦人科専門医の資格取得。2021年3月、博士課程修了。