繊細さと大胆さが同居するチェンバロの魅力

繊細さと大胆さが同居する
チェンバロの魅力

久保田 みずき
Mizuki KUBOTA

チェンバロ製作者

女子部 83 回生

2020年3月13日談

仕事場のチェンバロ工房で。

チェンバロは、かつて庶民の敵だった

 チェンバロは、元々鳥の羽を使ってはじくプサルテリウムという竪琴のような楽器から派生して生まれました。鍵盤打楽器と思われがちですが、ピアノのように弦を叩くのではなく、弦をはじくことで音を出す撥弦鍵盤楽器の一つです。チェンバロの弦はピアノと同じように鍵盤に対して縦に張られていますが、弦を横に張ったヴァージナルや、斜めに張ったスピネットといった仲間がいます。チェンバロの発祥について、正確なところはわかっていませんが、現在見られるチェンバロの形は16世紀のイタリアが始まりと言われています。

 

最盛期は18世紀のフランスで、とくに金を多用するなど、洗練されたボディときらびやかな装飾が特徴です。ボディや響板、蓋に絵が描かれるのはチェンバロならではで、ボディや鍵盤の材質へのこだわりと共に華やかな装飾を施すことが貴族のステータスとなっていました。絵画と音楽という2つの芸術が融合した楽器は、まさに貴族社会の象徴だったのです。

 

そんな贅の限りを尽くしたチェンバロだからこそ、フランス革命の際には庶民の敵として、真っ先に壊されてしまったんです。そのため、フランス革命を逃れて現存している古いチェンバロというのはほとんど存在しません。ヴァイオリンのように簡単に持ち運べるものではなかったという理由もあります。ヴァイオリンは、昔のものが今でもあるからこそ、高いものは数億円という値段にもなりますが、チェンバロはそうではありません。私たちの工房で扱っているチェンバロは小さいもので80万円程度で、スタンダードモデルでは100万円程度。2段鍵盤の大型のものでも、基本価格は300万円ほどで、あとは装飾をいかに凝るかで値段が決まるといったものなんです。

チェンバロの原型「プサルテリウム」。

最初はノミ研ぎから始まった

 私が小さい頃は自宅に工房が併設されていたので、ちょこちょこ出入りはしていましたが、実際にチェンバロ製作に触れたのは学部の卒業制作で楽器を作ったときでした。チェンバロ製作をやりたいと最初に思ったのは中学生の時でしたが、職人の父親には「やるんだったら少しでも早く、高校にも行かずにやった方がいい」という考えで反対されました。私自身、本当に向いているかどうかもわからない仕事を、高校に行かずにやるということは現実的ではないという思いもあり、やりたい気持ちは持ちつつも、結局学部に進学。学校で様々な経験をした上で、やはりチェンバロ製作に魅力を感じました。卒業後は木工の職業訓練校に行くことも考えたのですが、当時工房の仕事が忙しかったこともあり、そのまま働き始めました。

 

工房で最初にやったのは、製作に欠かせない道具であるノミを研ぐこと。それから弦をはじくためのジャックという部品の組み立てや、鍵盤に牛骨を貼っては磨くといった作業を繰り返し、1年ほどして初めて一番小さいモデルのチェンバロ製作に携わりました。

 

チェンバロは基本的に受注生産なのですが、その時はたまたま2台同時に製作をしていました。1台は買い手が決まっていない状態だったので、オーナーに弾き比べて良い方を選んでもらうことにしていました。チェンバロの音を決める響板を、1台は父親が、もう1台を私が削ったのですが、いざ試奏してもらうと、迷いなく父親が響板を削った方を選ばれ、ものすごく悔しく思ったことを今でも覚えています。

仕事を始めた当初、作業内容をメモしていたノート。

実はよくわかっていない、音の作り方

 私たちの工房では専属スタッフは3人で、パートやアルバイトの方が4名ほどとなっています。とても小規模ではありますが、日本に20ほどあるチェンバロ工房はほとんどが1人でやっているため、この規模にして日本最大なんです。

 

工房では現在、分業体制をとっています。かつては楽器のボディは楽器職人が、装飾は画家が、脚は家具職人が作っていましたが、今それをやると非常に高価になってしまうため、できる限り工房の中で作業を完結させています。

 

私はいま、装飾をメインにやっています。元々絵を描くことは好きだったのですが、描いている最中は楽しくても、描き上げた途端に興味が失せる性分で、どうやら「アート」ではなく、自分が創り上げた後に人が使うことで命が吹き込まれる「工芸」が好きということに気づいたのも、この世界に入るきっかけでした。装飾は基本的に古い楽器のデザインなどを参考に描いていますが、抽象的なオーダーを受けることもあり、そんなときは非常に頭を悩ませます。レンタル用や展示用に製作するときは、デザインを自由にできるのが楽しいですね。

 

一番重要なのは、楽器なのでもちろん音ですが、その音を決めるのは響板です。ただ、響板をどう削ればどのように音が変化するのかは、実はよくわかっていません。同じようにやっても違う音が出たりする。一番重要な要素のコントロールが難しいため、装飾についてのオーダーは受けられても音に関するオーダーは受けられないというのが実情です。ものすごく繊細な楽器なのですが、一方で絵を描いてしまうという自由さもある。それがチェンバロの魅力だと思います。

製作中のヴァージナルに装飾をほどこす。

久保田 みずき(くぼた みずき)

1984年生まれ。初等部より自由学園で学ぶ。2003年に最高学部4年課程を卒業後、父親が経営する久保田彰チェンバロ工房で、チェンバロ製作の修行を始める。テンペラ画、イタリア古典技法を椎橋文子氏に師事。近年は主に装飾を担当する傍ら、チェンバロの魅力を伝えるため、チェンバロのペーパークラフト講師としても活動中。