目の前の人に寄り添う医療を

目の前の人に寄り添う医療を

北原 望
Nozomu KITAHARA

小児科医(あかりこどもクリニック院長)

男子部 59 回生

2017年9月29日談

子どもが楽しく滞在できるよう壁紙にもこだわった。

マザー・テレサの言葉

 医学部の学生だったころ、いろいろな国を旅しました。最後に向かったのはインド。そこでマザー・テレサの言葉に出合いました。

 

「It is not how much we do, but how much love we put in the doing. ――大切なのは、どれだけ多くのことをしたかではなく、どれだけ愛をこめたかです」

 

その後大学を卒業し、研修期間を終えて栃木の病院で小児科医として働き始めました。ところが忙しくて家族との時間もとれず、職場も自分も殺伐として、働き方をめぐって上司と衝突。僕も20代で血気盛んだったので激しい言い争いになり、退職に追い込まれてしまいました。

 

「もう医者をやめなきゃいけないかな」と思っていたつらい時期、あらためて思い出したのがマザー・テレサの言葉でした。「今度働くときには、目の前の人にひたすら向き合っていこう」と原点に戻ることができました。

 

当時は同業の妻と結婚して3年目。妻が僕の気持ちを理解し、信じてくれたことも大きかった。「誠実に一つひとつやっていけば、絶対大丈夫」とふたりで話し合いました。今年開業したこのクリニックは、そんな思いの延長線上にあります。

お母さんの話をじっくり聞きながら診察する。

きっかけはネパール

 僕は男子部のとき、将来について何も考えないまま学部に進学しました。でも周囲を見渡すと、みんないろいろ考えていたんです。プレッシャーを感じ、「1年の間に進むべき道を見つけよう」と思いました。

 

模索しながらネパールの植林に参加したら、夏井正明先生(最高学部特任教授・公衆衛生学)が現地に簡単な診療所を開いて、子どもたちを診ていました。その姿を見て「僕もこんなふうになりたい」と思った。それが医師を目指したきっかけです。

 

父の家系は学者が多いのですが、僕は一人でこもって研究をするタイプではありません。それよりも人のために何かをしたい。人のために行動すると反応が返ってきますよね。そこで初めて、僕の張り合いやモチベーションは生まれるんです。サッカーやラグビーなど、チームスポーツが好きなのもそのためでしょう。その素地は自由学園での社会や人のために考えて行動する生活から培われました。

 

ネパールから帰って、医者になっている従姉に相談に行きました。「勉強したことないんだけど、医者になれるかな?」と聞くと、「できるよ。君なら大丈夫」と。その言葉を信じて勉強を始めました。

 

ところが箸にも棒にもかからないんです。最初は予備校の先生の話す単語が宇宙人の言葉みたいにわからなかった(笑)。それでも毎朝6時に起きて勉強していたら、だんだんに問題が解けるようになってなんとか医学部に合格できました。

 

大学ではラグビー部で部活三昧。キャプテンも務めました。仲間を信じて仲間のために命をかける。さまざまなことが繋がっていきました。

 

その後、どうにか国家試験にも合格し、研修医としてさまざまな科を回って、小児科に行ったとき、「ただいま」と言いたくなる感覚があったんです。ネパールでのことを思い出し、「やっぱり自分がやりたかったのはこれだったんだ」と気づきました。

心のこもったケアができる町医者に

 医者の領域にはいくつかのカテゴリーがあります。研究をして多くの人を治す医者もいるし、研究と臨床を合わせていく医者もいるし、臨床メインの医者もいる。

 

小児科医の臨床フィールドでは、本当に治療しなければいけないのは1割。9割は何もしなくても治ると言われています。その1割の患者さんを見きわめる目を持つことが重要で、あとの仕事はお母さんの不安や疑問に答えていくことなんです。

&僕は町医者になったので、臨床でお母さんの疑問に丁寧に答えたい。クリニックを出るときには笑顔になってもらいたいんです。

 

スタッフとも気持ちを共有することで、小児科のライフワークバランスまで考えていきたいと思っています。たとえば自分の子が熱を出しているのにそれを放って仕事に来るのはどうでしょうか。自分の子にしっかり向き合うことができれば、それが患者さんへの心のこもったケアにもつながります。がむしゃらに働いて競争して勝つことが大事なのではなく、暮らしの中に仕事があることが大事。小児科というフィールドはそれが構築できるのではないかと思っています。

 

自由学園に行ってよかったと思うのは、物事の本質が何かを常に問われてきたことです。医学は科学的な根拠に成り立っています。科学的な根拠は今ではインターネットを中心としたさまざまなツールにより手に入ることが容易になりました。そこで問われるのが、患者が何を苦しんでいて何を望んでいるかという本質を見きわめる力です。その上で初めて科学的根拠に基づいた診療が生かされるからです。

 

子育ては、キャリアの足を引っ張るものだと思われがちですが、そうではなく親心という大切な価値観を育み、親の人生を豊かにしてくれるものです。僕も3人の子育て奮闘中ですが、一生懸命子育てをしているお母さんやお父さんに、そのことも伝えていきたいと思っています。

北原 望(きたはら のぞむ)

1981年生まれ。1999年自由学園高等科卒業。最高学部1年修了時に医学部進学を目指して退学。杏林大学医学部卒業。栃木県済生会宇都宮病院初期臨床研修過程終了。慶応義塾大学医学部小児科学教室入局。慶応義塾大学病院後期臨床研修過程終了。栃木医療センターを経て、2017年にあかりこどもクリニックを開業する。自由学園幼児生活団の園医でもある。