文化を大切にする空間をつくりたい

文化を大切にする
空間をつくりたい

菊川 知子
Tomoko KIKUKAWA

KNETENオーナーシェフ

1994年女子部高等科卒業

2019年10月2日談

KNETENの店内で。いたるところに本が置いてある。

ヨーロッパのカフェに憧れて

 生まれ育った東京・茗荷谷にカフェをオープンして8年目になります。自由学園の高等科を卒業して調理師専門学校で学んだ後、フレンチレストランに4年勤務。カフェを開きたいと思っていたので、その後製菓学校に通ってお菓子の道に踏み出しました。

 

カフェへの思いを抱いたのは、元をたどれば小学生の頃のドイツへの家族旅行です。子どもながらにドイツやスイスの食に興味を持ちました。素朴でずっしりとしたお菓子や、ライ麦パンのおいしさが忘れられなかったんです。

 

お菓子を学び始めてから、ドイツ人と結婚した叔母を訪ねて再びドイツに行き、本格的にカフェの文化に触れました。絵を描く人が集まっておしゃべりしたり、哲学や社会のことが気軽な話題になったり、新聞や本を読んだりしている。コーヒーと甘くておいしいものが少しあり、頭を働かせて人と会話をする。ヨーロッパ映画にもよく出てくるカフェの文化がすごくいいなと思いました。

 

当時、日本には喫茶店は割とあったのですが、おじさんが煙草を一服しに行く感じの、ちょっと閉鎖的で煙い雰囲気でした。もっと若い人に開かれたカフェがほしい。そこに冷凍ではないおいしいケーキがあるといい。

 

ドイツに学びに行こうと決め、叔母の紹介でミュンヘン郊外の小さな村で、語学学校に通いながらパン屋で働き始めました。ドイツのパン屋さんの多くはベッカライコンディトレイと言って、パン屋とお菓子屋が一緒になっています。ベッカライは英語で言うベーカー、コンディトレイはカフェを併設した店のことです。

ミュンヘン郊外の村のパン屋で働いていた20代のころ。店長と。

オーガニックのパンのおいしさ

 その店の工房には粉ひきがあって、オーガニックの小麦をひいて完全にビオ(有機オーガニック)でパンを作っていました。それがすごくおいしくて衝撃を受けたんです。私が滞在していた20年前のドイツはビオが盛んになり始めた時期で、ビオ専門のスーパーや、村営のビオ農場に見学に行ったりして、本当によいものを教わりました。ビオは社会的、思想的な意味もありますが、おいしさを実感したのが何より大きかったです。

 

ドイツは気質も合っていたし楽しかったのですが、これ以上いたら帰れなくなると思い、4年で日本に帰国しました。そもそもの目的は、ヨーロッパのカフェ文化を日本でやりたいということだったからです。

 

帰国後はYWCA(*)の施設を借りてケータリングをしたり、大地を守る会(*)系列のお菓子工房で働いたりした後、たまたま見つけたこの場所に店を開きました。元はシャッターが下りていた壁を抜いて大きな窓にするなど、自分で店舗をデザイン。緑をたくさん置き壁に空の絵を描いてもらったのは、ドイツでよく通ったカフェをイメージしています。

 

日本では業務用のオーガニック素材があまり流通していませんが、大地を守る会にいた時に日本の有機農業や畜産について教えてもらい、今もその時にやり取りしていた農家さんや原料屋さんと取引しています。小麦粉は国産、卵は平飼い、輸入チョコレートやコーヒーはフェアトレードのものを。また、お菓子やパンはドイツのレシピがベースですが、そのままだと濃すぎたり重すぎたりするので、日本の気候風土に合わせて味をアレンジしています。

 

(*)YWCA:キリスト教を基盤に世界中の女性が繋がる国際NGO。世界120か国に拠点がある。

(*)大地を守る会:自然環境と調和し、生命を大切にする社会を目指してオーガニック食品を扱う企業。

スタッフと共にキッチンで働く。社員を2人雇用している。

感性はその人にしかない財産

 カフェの棚には、家にあった母の本や私の好きな絵本を並べています。絵本ならカフェにいる時間にちょっと読めますよね。子どもがお母さんに読んでもらえるもの、コーヒーを飲む10~15分で新しい世界が広がるものがいいなと思って選んでいます。

 

こうして本を置いていると、学者と思われる初老の男性がいい本を紹介してくださったり、小学生の子どもを持つお母さんから「夏休みに読むのにおすすめは?」と聞かれたり、近所の絵本作家さんから「僕が作った本を置いて」と言われることもあります。

 

カフェは地域に根付きながら育っていくものなんですね。店は動かないので、この場所に来れば何かがあるという信頼感につながるのかなと思います。私はお菓子屋さんがやりたかったわけではなくカフェという空間がつくりたかったので、この空間をもっと広げていくのが次の夢です。

 

飲食業をやっていると、自由学園で学んだタスク管理とタイムテーブルがすごく役立ちます。イベントやパーティのときも、タイムテーブルを作っておくと気持ちが楽になって落ち着きます。今の学生に私が何か言えるとすれば、自分の感性を大事にしてほしいということ。感じたことを流さず、これは何だろうと考え、行動していってほしい。感性はその人にしかない財産です。感性なんてどうでもいいと思っていたら、私はこの店にファッション誌を置いていたでしょう。学園には色とりどりの花が咲き、芝生や池があって、土の香りがしている。そこで感じ取ってきたことが、今の自分を動かしていると思います。

店内にはドイツ菓子などがずらりと並んでいる。

菊川 知子(きくかわ ともこ)

1975年東京生まれ。自由学園女子部高等科卒業後、調理師学校へ。フレンチレストランで4年働き、製菓学校に通った後、渡独。パンやドイツ菓子やコーヒーについて、働きながら学び帰国。大地を守る会のお菓子工房でケーキ開発や製作などをした後、独立。2011年12月、東京茗荷谷にKNETEN(クネーテン:ドイツ語で「こねる」を意味する)をオープンする。