地域と共に、これからの武蔵野を創っていく

地域と共に、これからの
武蔵野を創っていく

柏木 めぐみ
Megumi KASHIWAGI

自由学園最高学部 特任助教(自然誌、生物・農芸、植物育種学)

女子部 87 回生

2021年3月22日談

自由学園南沢キャンパス内の「野生植物観察実験区」にて

イネの新しい「種子温湯消毒」を

 大学院に籍を置きながら、最高学部の特任助教として自然誌やフィールドサイエンスのゼミ等を担当しています。自由学園卒業後に進学した東京農工大学大学院では、「温湯消毒時におけるイネ種子の高温耐性に関する遺伝学的研究」を行い現在も続けています。 「命の根」とも言われるイネ(Oryza sativa L.)は、日本にとって最も重要な作物。イネの収量に影響する「ばか苗病」や「いもち病」等は種子伝染性のため、播種前に種籾の消毒が必要です。現在は化学農薬の利用が一般的ですが、耐性菌や廃液処理が大きな問題となっています。一方昔から行われている「種子温湯消毒」は、60℃の温湯に10分間種籾を浸ける、化学農薬を使用しない環境や生産者にも優しい消毒法です。しかし、処理温度が1℃上がると急激に発芽率が低下する品種もあります。近年、農業従事者が減り、大規模化が進む生産現場において、発芽率の低下は収量に影響が出てしまうので問題です。

 

そこで、高温の温湯に強い系統をつくることを目指し、まずは農業生物資源ジーンバンク「世界のイネコアコレクション」から、温湯消毒時の高温耐性が強い有用な遺伝資源となりえる品種を探索。69~70℃で10分間処理した際でも、発芽率が下がらない強い高温耐性を示す系統を複数見出しました。さらに現在は、高温耐性の制御に関わる遺伝子の探索にも取り組んでいます。

 

また、私たちの研究室では、温湯消毒前に種籾の水分含量を通常より低い10%以下にする「事前乾燥処理」を行うと高温耐性が強化されることを明らかにし、多くの栽培系統で「65℃・10分間」の処理が可能となる技術を開発しました。現在、この「事前乾燥処理」技術の実用化にむけた研究を公立の試験場や企業、他大学との共同で取り組んでおり、2019年農林水産省の「農業技術10大ニュース」の1位に選ばれました。私もその研究の一端を担いました。

イネの発芽試験と実験系統の育成(本人提供)

「自然と人のかかわり」がテーマ

 自由学園の自然の中で生活団から過ごし、野菜を育て、最高学部の自然誌・環境グループ等で学んだことが、私の現在の研究に繋がっています。特に最高学部の卒業研究(テーマ別グループ研究:自然の理解と創造)で取り組んだ「自然と人のかかわり」は、今も自分の研究と生き方を考えるテーマになっています。

 

現在担当している最高学部1、2年次の生活経営研究実習「庭園・自然環境:草本・潅木(旧 自然誌・環境)」グループは、1967年に「一緒に、この大切に生かされてきた豊かな自然に学び、武蔵野の教育環境を創っていきましょう」と女子部のグループ勉強として始まりました。キャンパス内には、周辺の宅地開発時に地元の人たちから託された在来の植物が生育していますが、温暖化等により、個体数が減少したり、確認できなくなったものもあります。構内の環境が大きく変化する中、これらの在来の生態系の構成種である野生種を含む自然環境の保全がこれからも課題です。

庭園・自然環境:草本・潅木グループの学生達と最高学部前の「野生植物観察実験区」にて

地元に学び、これからの武蔵野を共に考えていく

 庭園・自然環境:草本・潅木グループでは、1年生が南沢キャンパスを中心に、2年生はキャンパスの参照地として、構内を流れる立野川の最上流である向山緑地・立野川源流域で、毎週観察調査を行なっています。向山緑地は自由学園と同じ崖線でつながり、旧石器時代から人々が暮らし利用してきた豊かな土地で、自由学園の自然環境の原点です。水源の森でもあり、近隣農家の里山として自給的な生活の中で守られてきました。この地域には「私が小学生の頃は、羽仁もと子先生が歩いて、中学生の頃は学生さんが車椅子を押してお散歩をされていましたよ」と話してくださる方もおられ、自由学園とは昔から縁のある場所です。

 

向山緑地の保全活動は、2012年に発足した「向山緑地・立野川勉強会」(自由学園は団体会員)の会員の皆さんと一緒に取り組んでいます。2019年度からは「森林環境譲与税充当による東久留米市向山緑地若返り事業」として、老木の伐採等による緑地の若返りが図られています。地元の方々が知恵を出し合い大切に守ってきたこの水源の森を、今後どのように保全していくのか、地域の一員として学生達と一緒に課題に取り組み、「市民の向山緑地」として次の世代に繋げていきます。

 

水源の森で耳を澄ますと、湧水や生き物の気配を感じることができます。「谷頭こくとう」と呼ばれる川の最上流部に行くと「怖い」と感じる学生もいますが、それはとても大事なことです。気候変動が激しくなり、自然の微妙な変化を読みとりにくくなってきた現在、学生達には自然のメッセージを聞き取ることを学んで欲しいと考えています。地元の方々と一緒に先輩達が守ってきた武蔵野南沢の自然について、その様相を記録し、その自然誌資料を基に、これからの新しい武蔵野の自然を考えています。今後も地域の方々や全国各地から来ている学生達と共に取り組んでいきます。

フィールドサイエンスゼミ(3・4年)の学生と向山緑地での調査

柏木 めぐみ(かしわぎ めぐみ)

幼児生活団から最高学部卒業まで自由学園で学ぶ。2018年東京農工大学大学院博士課程修了、博士(農学)。現在は同大学院で研究生、自由学園で非常勤講師(最高学部特任助教、環境文化創造センター研究員)を勤める。