番組制作は物事の神髄を見きわめていく作業

番組制作は物事の神髄を
見きわめていく作業

平岡 雅子
Masako HIRAOKA

テレビディレクター

女子部 82 回生

2020年7月29日談:オンライン

港区にあるクリエイティブネクサスにて。

初ディレクター番組はカンボジアの地雷探知犬

 初めてディレクターとして番組を制作したのは、入社3年目。アジアで活躍する若者を若手ディレクターが追いかける番組の枠でした。入社試験のときカンボジア旅行について話したことを、上司が覚えていてくれたんです。何か企画を出さないかと言われ、いろいろ調べていたらカンボジアの地雷探知犬の写真絵本と出合い、これは番組になるかも、と企画書を書きました。採用され、ベテランカメラマンと2人でカンボジアに行き、1週間ほど夢中で訓練所に通って撮影。NHK-BSの『アジアンスマイル~パートナーは地雷探知犬』という番組です。

 

その後、NHK-Eテレ『グレーテルのかまど』も制作しました。印象深いのは水木しげる先生が登場する「ゲゲゲのぼたもち」の回。奥さまの本を読み、自分で企画しました。撮影前に台本を書くのですが、水木先生は何をやっても想定外の反応ばかり。事前に考えていたことが壊れるのをいかに面白がれるかが大事だなと思いました。

 

広島カープの二軍選手のお母様が主人公の「豊子かあさんのいちご大福」も心に残っています。宮崎で行われる春のキャンプに、毎年いちご大福を200個作って届けるんですよ。お母様は息子さんの挫折を知りながらも、自分ができることをして支え、チームからも慕われていました。撮影はほぼ2月に終わり、ラストシーンをどうしようかと思っていたら、3月のオープン戦でその選手が代走で一軍の試合に出場したんです。見ていて泣きましたね。お母様の想いを受け取って走るラストシーンとなりました。

『ニッポンぶらり鉄道旅』のロケハンで訪れた岩手の安家洞で。写真右が平岡さん。

今の社会が忘れかけているものを大事にしたい

今はNHK-BSでレギュラー放送している『ニッポンぶらり鉄道旅』がメインの仕事です。鉄道に乗って途中下車しながら旅をする番組で、ディレクターは取材に始まり、番組の構成を考えて現場でロケをして編集。何度も試写を行い、プロデューサーや構成作家とどんな番組にするべきかを話し合い、テロップ入れ、ナレーション録音を経て完成にこぎつけます。

 

一回の旅で5〜6人の方に出会いますが、どの人生にもそれぞれストーリーがある。旅番組ですが、人生のミニドキュメントのような気持ちで制作しているんですよ。さまざまな人と出会い、「人生いろんな形があっていい」と、私自身も思えるようになった。そういうことを、テレビを通じて出していけたらいいなと思っています。

 

この番組にはディレクターが複数いて、それぞれの個性が番組に反映されています。私が意識しているのは、今の時代に欠けているもの、足りないものを気づかせてくれるような、ものや人を大事にしたいということ。

 

岩手県久慈市で出会った当時83歳の炭焼き職人の男性は、とても穏やかで優しい方でした。炭焼きは手間暇がかかる上、儲かる仕事ではない。けれどそれによって生かされてきたという感謝を持ちながら仕事に勤しんでいました。震災の時には、ライフラインが止まった被災地に炭が運ばれ、暖をとったり煮炊きをしたり、とても助かったと言われたそうです。「つらい状況でも火は必要だと思った」という声もあったそう。原始的な炭の火には人の心を温める側面があるんですね。今の社会が忘れかけているものを大事にしたい。そして何より、自分がステキだなと思える相手との出会いが番組を作る原動力になっています。

ナレーション録音の作業。奥の録音室にいるのは声優のTARAKOさん。

答えがないから考え続ける

 高等科のころから映画が好きで、学部のころは夜間の学校で映画について学んだこともありました。その後、すぐ就職する気持ちにはならず美大で絵を学んだんです。絵はある程度評価してもらったのですが、教授に「人生を賭けてないね」と言われ、ああそうだなと気づきました。絵を描かないと生きていられないという友人もいましたが、自分は違う。それよりも社会の中で何かを作る仕事がしたくて、映像の仕事を志しました。

 

ディレクターになって10年。番組を何本作っても、毎回答えがありません。20代後半の頃、あるプロデューサーに「思考停止したら終わりだよ」と言われました。以来、「これで答えが出たな」「OKだな」とは思わず、もっとその先に、出会った人の違う側面があるのではないかと思うようにしています。それを考え続けるのが面白いし、考え続けることで物事の神髄、芯の部分に近づいていける。それを見きわめていく作業が私には合っているのだと思います。

 

テレビなので視聴者に伝わることがもちろん大事ですが、それと同じくらい取材に応えていただいた方が幸せになったり、新しい気付きを持って下さったりすればうれしいと思っています。出演してくださる方の人生に大きな影響を与えるのがテレビ。私たちは常にその先の人生を思っていないといけません。だから、放送前はいつも心臓がきりきりします。本当にこれでよかったかな。その人の真実、人間性が伝わっているかな、と。これからも悩み、考え続けていくのだと思います。

「いろいろな幸せ、いろいろな豊かさの形があっていいと思います」

平岡 雅子(ひらおか まさこ)

1983年生まれ。自由学園で幼児生活団から最高学部2年課程まで学び、女子美術大学絵画学科へ。卒業後、株式会社クリエイティブネクサス入社。アシスタントディレクターから仕事を始め、2010年にディレクターに。『グレーテルのかまど』『ニッポンぶらり鉄道旅』などを制作。