小さな声に耳を澄ます仕事

小さな声に耳を澄ます仕事

羽仁 曜子
Yoko HANI

『婦人之友』編集長

女子部 65 回生

2020年9月26日談:オンライン

東京西池袋の婦人之友社にて

「生活者の視点」を守り続ける『婦人之友』

 『婦人之友』は120年近く前に創刊された雑誌です。創刊当時と現在では、社会の状況もずいぶん変化してきたので、そのあり方も変わっています。ただ、「生活者の視点」で物事を見るという点は変わらない、雑誌の大切な特徴です。

 

2021年からは作家の森まゆみさんによる「羽仁もと子とその時代」の連載も始まり、『婦人之友』の生まれた時代背景が興味深く描かれています。女性に選挙権がなかった時代から、今は社会で女性が働く場も増えました。情報の入手も容易になり、様々な媒体の中から『婦人之友』を選んでいただくことは以前より難しくなっています。それでも100年以上続いてきたのは、「生活者の視点」から社会へ投げかけ、その内容を実践して下さった読者がいたからだと思います。読者との近さは大きな特質です。

 

私は2010年に編集長に就任しましたが、その翌年には東日本大震災と福島の原発事故がありました。今は新型コロナウイルスの問題があります。どちらも人の生命と自然に関わる、非常に大きな問題です。大変な状況であるから、そのときは大きな話題になりますが、時間と共に次の話題へ移り、終わった話かのようになってしまう。でも、そうした問題を継続して取り上げ、考え続けないと、社会は変わっていきません。一歩ずつ前へ進むために、継続を大事にしていきたいと考えています。

編集風景。色校正を確認する

ジャーナリズムとの向き合い方

 婦人之友社に入る前は、16年ほどジャパンタイムズで記者と編集者をしていました。自由学園にいたときから、ジャパンタイムズウィークリー(週刊誌)を読んでいて、その仕事に興味があり、新聞記者になりました。

 

記事はもちろん英語。元々外国語に関心があり、中学2年生のときには、「いろんな言葉を勉強して国連で働きたい」と発表したこともありました。国連をよく知らなかったのにもかかわらず(笑)。自由学園を卒業し、国際基督教大学(ICU)に進学、交換留学で米国へ行きました。英語にはある程度慣れてはいたものの、実際に記事を書くとなると難しいことも多くありました。

 

たとえば文部科学省の担当になった時、「偏差値重視をやめ、個性を伸ばす教育をしよう」という話がありました。ここでいう「個性」って英語では何? と、みんなで議論した覚えがあります。本来悪い意味ではないけれども “individualism” では個人主義的に捉えられてしまうし、“character” もしっくりこない。そんな話をしていると、「日本人が個性を持つ」という話をしていることに、ほかのエディターも興味を持つようになっていました。外国語で表現するというのは、単に言葉を別の言葉に換えるだけではなく、その社会が内包する特徴を考えることなんだということに気づかされました。

 

在職中、英国にあるロイター・ジャーナリズム研究所のフェローシッププログラムに参加したことは得難い経験でした。これは経験のあるジャーナリストが、少し時間をかけて今の社会や世界の報道の問題を一緒に考えたり、リサーチしたりするというもので、似たようなキャリアの人が15カ国ほどから1人ずつ集まっていました。欧米以外からも、ロシア、香港、ブラジル、ウガンダなどのジャーナリストと触れ合い、各国のジャーナリズムの問題の同異などを感じました。

 

欧米では「報道は市民のもの」というスタンスですが、今の日本の報道は本当に市民の立場に立って政策等を批判できているでしょうか。各国、女性の記者も増えています。トルコとカナダの女性のジャーナリストに「日本の女性は、街でインタビューしても、ニコニコするけれど、はっきり意見を言わないと感じる。そのように社会で求められるの?」と聞かれ、私たちが世界からどう見られているのかを改めて知りました。「どうして日本では?」を常に考えることが、自分の住む社会を客観的に見ることにつながっています。

イギリスで知り合った女性ジャーナリストと(2013年秋)

マイノリティの視点では社会の見え方が変わる

 英語ができれば世界につながりやすいというのは一面では正しいことです。英語は国際的な言語です。ただ、日本社会で英語を日常的に使って生活する人というのは、最近は増えつつあるものの、やはりマイノリティです。ジャパンタイムズの読者もそうです。そうすると、マイノリティの視点で社会を見ることが必然的に求められ、日本社会の別の側面が見えました。マジョリティが当たり前に享受している社会システムも、別の視点で見れば取りこぼしがある。それをすくい上げるには、小さな声に耳を澄ますことが必要だと学んだことが、大きな収穫だったと思います。

 

『婦人之友』も構造的マイノリティである女性をはじめ、様々な生活者の声に耳を傾けようと努めています。権力がある人の声や聞きやすいものが響く中で、小さな声に耳を澄ますというのは難しいことです。

 

メディアの環境も変わりつつあるいま、『婦人之友』を作り続けることは、社会に多様なものを届けていくという意味でも大切だと感じます。様々な課題はありますが、小さくても質の高いものを残していく出版社でありたいと願っています。

100年以上続く『婦人之友』の伝統を守る

羽仁 曜子(はに ようこ)

1967年生まれ。幼児生活団より最高学部(当時2年)まで自由学園で学び、その後国際基督教大学(ICU)に進学。米マサチューセッツ大学アマースト校の留学を経て1992年に卒業。同年、ジャパンタイムズ入社。報道部、生活文化部で記者、編集者。2005年に休職して、英オックスフォード大学 ロイター・ジャーナリズム研究所フェロー。翌年帰国し、同社生活文化部次長。2008年夏に婦人之友社、2010年8月より現職。