第130回 『いのりの海』落選・うな丼新メニュー・暑中お見舞い/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第130回 『いのりの海』落選・うな丼新メニュー・暑中お見舞い/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第130回 『いのりの海』落選・うな丼新メニュー・暑中お見舞い

2019年7月29日

昨年刊行した拙著『いのりの海』(婦人之友社)が、日本旅行作家協会の主催による第4回「斎藤茂太賞」の最終選考で3作品の一つに残ったと云う話を大分前に聞き、また残念ながら賞を逸したと云う電話を受けたのが5月の末だった。正直、この年になって賞を受けるなどと云うことは思いもよらなかったから、賞金はパーッとボートレースにでもつぎ込んで、大当たりしたら温泉でも行って豪華に遊ぼうなどと、飲み仲間と不謹慎に騒いでいた。
しかし、さすがに、最終決定の知らせる電話を待つ間、ちょうどその日は、東京芸術劇場の外部評価委員の会議だったが、なんとも落ち着かなかった。

他の2作品は、たかはたゆきこ『おでかけは最高のリハビリ! 要介護5の母とウィーンを旅する』(雷鳥社)・清水浩史『深夜航路 午前0時からはじまる船旅』(草思社)。題名からしても力の伝わってくるような作品だ。あわてて取り寄せて読んだが、まったく勝てる?相手ではない。
結果は落選。選ばれたのは、たかはたゆきこさんの作品だった。編集者の方とささやかに残念・感謝会をやった後、このことをすっかり忘れていたが、7月18日に授賞式の告知があり、下重暁子さんの総評がホームぺージに掲載されていることを教えてもらった。下重さんの総評は以下のごとくです。

「今年も最終選考に3作品が残ったが、旅というものをどうとらえるかによって、評価がまったく違ってくる。『いのりの海へ』は、最も紀行文らしい、お手本のような作品に仕上がっているが、まとまりすぎていて面白味に欠ける。面白さでいえば『深夜航路』が勝っているし、あまり知られていないような新しい情報も詰まっている。しかし、残念なことにガイド的な記述に終わっていて、船内ではいろいろなドラマがあるはずなのに、人が描かれていない。残ったのが『おでかけは最高のリハビリ』。この作品は人間ドラマそのものである。今の時代、世の女性の多くが介護の問題に直面している。私の身の回りにも、大変な思いをしている人たちがたくさんいる。子育てには夢があるが、介護には夢も希望もないのが普通。ところが、要介護5の母親をウィーンに連れて行くために悪戦苦闘する様子を綴ったこの作品は、夢を感じさせる。旅はリハビリだという新しい視点、そして、今の時代を切り取った作品であることを評価したい。4回目にして初めて女性の受賞者が出たことも喜ばしい。(談)」

「最も紀行文らしい、お手本のような作品に仕上がっている」とはまことにうれしい限り、「まとまりすぎていて面白みに欠ける」とは、まったくその通りの指摘。短い言葉だったが大いに励みになった。紀行文というスタイルで今の自分に謙虚に向かいあっていこうと思った。

同時に発表された2019年「旅の良書」と10作品のコメントは以下の如きもの。
■清水浩史『深夜航路 午前0時からはじまる船旅』(草思社)
真っ黒の海にきらめく星々、ただただ静まり返る船内―それは午前0時からはじまる船旅。日本で現在運航する深夜便全14航路を旅する、怪しくタイムスリップしたかのような異色の旅行記。
■渡辺憲司『いのりの海へ ― 出会いと発見 大人の旅』(婦人之友社)
「生きていること、生かされていることへの感謝とは、悲しみを伝えること、そしてそれが祈り」と語る著者の、旅先で出会う歴史と文化と人々との触れ合い。旅する大人のつぶやきが心に沁みる佳品。
■藻谷浩介『世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記』(毎日新聞出版)
地域エコノミストの著者が、ライフワークとして取り組む「世界の実体経済についてのまちかど調査」。そのライフログ的な記録を、膨大な地理・歴史の教養を交えてまとめた新しいタイプの旅行記。
■内田洋子『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(方丈社)
イタリア、トスカーナの山深い村から、本を担いで行商の旅に出た人たちがいた。ダンテ、活版印刷、禁断の書、ヘミングウェイ。丁寧な聞き取りから、本と本屋の原点を探る歴史ノンフィクション。
森まゆみ『「五足の靴」をゆく 明治の修学旅行』(平凡社)
明治40年夏、与謝野鉄幹と若き北原白秋、吉井勇らが、南蛮文学やキリスト教伝来に興味を抱いた九州の旅の足跡を丹念にたどり、そのゆかりの場所を訪ね、土地の人々から地域の情報を聞く。
■角幡唯介『極夜行』(文藝春秋)
暗闇のなか、氷床を歩き続け3カ月ぶりに太陽を見た時、人は何を思うのか。太陽が昇らない「極夜」の冬の北極を、一頭の犬とともに命懸けで踏破した探検家による究極の冒険ノンフィクション。
■大畠順子『離島ひとり旅』(辰巳出版)
日本の離島をひとりで旅することを愛する著者が、全国の30の離島で見つけた不思議なもの、心癒やされる絶景、そして出会った島人との交流をまとめた紀行エッセイ。まだ知らない日本への誘い。
■芦原伸『森の教え、海の教え~辺境の旅から』(天夢人)
二ホンオオカミの足跡を追って奈良・大台ヶ原へ。鯨漁で栄えた五島列島へ。森と海を巡る17の辺境の旅から現代社会を見つめた紀行ルポ。それぞれの土地に生きる人々の知恵、教えが記される。
■花房ゆい『遊廓へ―女子ひとりで街歩き』(柏書房)
昭和レトロなかわいい看板、おもしろい形をした窓、色とりどりのおしゃれなタイル……そこでしか出会えない風景をさがして、遊郭愛好家が全国各地の遊廓跡を訪ねた記録。
■内田宗治『外国人が見た日本 「誤解」と「再発見」の観光150年史』(中央公論新社)
外国人は何を見たいのか。日本人は何を見せたいのか。日本の魅力はいったいどこにあるのか、誰がどう発見し、アピールするのかを追う。めまぐるしく変転する観光の近現代史。

 

今年の夏は、数年ぶりで外国旅行を休止、まずはこの10冊を読み上げようと思う。それにしても、この年になっても、褒められることはなんともうれしいことだ。「佳品」などと云われると飛び上がる思いだ。子供の教育で大事なのは褒めることだというが、まことに確か。年寄りはそれ以上かもしれない。おだてりゃ猿も、いや爺も木に上るということだ。7月18日以降、いずれも小品のエッセイだが「ホッピー賛歌 小股の切れ上がった味」・「赤坂人物散歩 愛新覚羅浩」・「遊女吉野花供養片々」と書き上げた。8月には「恵那紀行」・「竹中彰元を追う」・「男色武士道雑記」と書き上げるつもり。今月は、「すき家」の「うな牛」を含めて、「埼玉鰻の会」などで、うなぎを5回賞味。それでも尿酸値は6以下と好調。年寄りの冷や酒なんぞと云われぬようにしたいものだ。

 

【追記】
「うな牛」は、まったく新たな発想におどろく。その食べ方。牛と鰻の間に温泉卵を落とす。牛とほど良く崩した鰻と卵を無理のない程度にかきまぜ、紅ショウガを少なからず多からずふりかける。異種格闘技、山海?勝負や如何にと一呼吸おいて、かきこむ。鰻牛一体、鰻足うけあいだ。帯広の豚丼は蒲焼味、これともマッチするはず、「うな豚」売り出してみてはどうか。豚は小間切れに変える方がいい。
暑中お見舞い申し上げます。

 

2019年7月29日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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